「よくやった、JOJO1部ゲーを作る権利をやる」と言いたい…!!!!
今回の報告にあたり、橋本氏はビデオメッセージも公開。イベント会場などで直接ファンに向けて報告できなかったことを惜しみつつ、あらためて5月31日付けでスクウェア・エニックスを“元気に”退社する運びになったと伝えている。また今後は、いちゲームファンとしてスクウェア・エニックスのタイトルを心待ちにして遊びたいとコメント。ファンに向けて、別の立場にはなると思うが、イベント会場などで見かけた際は声をかけてほしいとメッセージを送っている。
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は、いわゆるコブラジョジョを作った中里尚義氏のインタビューを掲載しましたが、彼のその後の経歴は調べてみるとかなり面白いことが判明しました。キャラゲーが意外なゲームと結びついていることがわかったのです。今回はその中里氏を中心に、コブラチームがその後どうなったかについて調べてみました。
その後1995年、橋本氏はスクウェア本社へと移籍。『ファイナルファンタジー』『キングダムハーツ』『フロントミッション』といった、さまざまなシリーズタイトルのプロデューサー/エグゼクティブプロデューサーを歴任した。とくに『ファイナルファンタジー』シリーズにおいては、2021年5月に至るまで、ブランドマネージャーとして数々のゲームイベントに登壇。世界中のゲームファンの前に姿を見せ、長年シリーズの普及に努めた。その後はスクウェア・エニックス・ホールディングス理事として、グループ事業への助言、および後進の育成などに携わっている。
原作ストーリーの反映させ方について、重要な箇所なのでそのまま表記。
調べるにあたって参考にしたのは、のVジャンプ1992年12月30日号と、スクウェアスタッフの繋がりを徹底的に調べておられるSubeakiさんのページ「」、そして昨年発売された書籍『』(ホーム社)。この書籍には中里氏と、トーセからバンダイに移った田中庸介氏、さらには橋本名人こと橋本真司氏へのインタビューが収録されており、バンダイのキャラゲー作りやコブラチームについて豊富な情報を伝えてくれる。これらを以下で参照する時は、それぞれ「Vジャンプ」「大事典」「ピクセル」と略す。
中里氏はD&Dというデザイン事務所に入り、バンダイはそのクライアントの一つだった。パソコンRX-78のグラフィック制作などを経て、「オバケのQ太郎ワンワンパニック」ではじめてファミコンに関わる。本作は開発はトーセだが、D&Dは企画とデザインを担当していた(ピクセル)。その後中里氏はドラゴンボールシリーズすべてとまじかる☆タルるートくん、聖闘士星矢、ファミコンジャンプなどを担当(Vジャンプ)。このうちドラゴンボールの数本で、スタッフロールに「D&D CORP.」とあるのが確認されている(それ以外のゲームはD&Dや中里氏の記載なし)。バンダイのファミコンキャラゲーの制作元はほとんどがトーセとされているが、同時にD&Dも多くの部分に関わっているようだ。書籍の対談で語られている内容によると、最初にD&Dが企画とデザインを行い、その後トーセでデザインの修正をしつつプログラムを行っていたと言われている。これは今まで知られていなかったことである。
こっちが稼ぎたいときはいつも出てこないくせに、なぜオレのレベル上げは邪魔ばかりする!
発売中のに掲載の、「未来に伝えたいゲーム ゲームクリエーター編 第5回」に、やを手がけるゲームメーカーの社長・氏が登場。
松山氏といえば、ゲーム業界に関する講座を行った際、「尊敬する歴史上の人物は?」の問いに「ジョナサン・ジョースターです」と答えた、という逸話があるほどの、大のジョジョファンで、、またでは毎回のように事でも有名。
この際の担当は第一にグラフィックで、中里氏は田中氏とともにバンダイの多くのキャラゲーのドット絵を描いている。また当時は役割分担があまりなく、ファミコンジャンプでは中里氏が企画、デザイン、指示と多くの役割をこなしている。
ドラゴンボールもNARUTOもワンピースもゲームはアニメ準拠だからな
中里氏はSFCの「ドラゴンボール 超サイヤ伝説」を作った後、1991年に橋本真司氏(橋本名人)とともに株式会社コブラチームを立ち上げた(ピクセル)。橋本氏はバンダイで(開発部にもかかわらず)ファミコンゲームのプロモーションを担当していた人物で、雑誌などでの宣伝に加えファミコンジャンプのプロデュースを行っていた。バンダイの「ポケットザウルス 十王剣の謎」には橋本名人が主人公として登場している。
コブラチームの代表作はなんと言ってもSFCの「ジョジョの奇妙な冒険」であるが(その制作の様子については前回のインタビューを参照)、本作のプログラムやサウンド、グラフィックはウィンキーソフトが請け負っており、コブラチームの担当は主にゲームデザインやプロデュースのようだ。他にはSFCの「サンダーバード 国際救助隊出撃せよ!」、「バスタード 暗黒の破壊神」およびACのドラゴンボール2作を発売しているが、1994年以後のソフトが存在しないので、トップの移籍に伴い解散したと思われる(大事典)。
なんか、ドラゴンボール張りにダメージがインフレしてきている……!!
橋本真司氏は、『ファイナルファンタジー』や『キングダムハーツ』といった数々のシリーズタイトルをプロデュースした人物だ。橋本氏は、大学卒業後にバンダイへ入社。赤いメガネとゴールドの蝶ネクタイがトレードマークの三大ファミコン名人のひとり、「橋本名人」として同社営業を担当した。『ポケットザウルス 十王剣の謎』や『ドラゴンボール 大魔王復活』などには、キャラクターとしてゲーム内に登場したことでも知られる。その後の1991年にはバンダイを退社し、コブラチームを設立。のちに同社はスクウェア(現・スクウェア・エニックス)に買収され、ソリッドとなる。
販売:バンプレスト 開発:コブラチーム 1993年稼動 DBZの2D格闘ゲームが、アーケードに存在していた!
、とキャラゲーについていろいろ調べていて、ふと手元の資料を見たら実にちょうどいいインタビューがありました。 それは、問題作として名高いコブラチーム制作の「ジョジョの奇妙な冒険(SFC)」の開発者インタビューです。おまけにここでインタビューされている人は、それ以前の数々のキャラゲーに関わっていたということもわかりました。 あのとんでもないゲームは何を意図して作ったのか?全国十万人のコブラジョジョファン[要出典]待望の新事実が今、明らかになります。
ドラゴンボールZ (アーケードゲーム) | Dragon Ball Wiki | Fandom
ジョジョファンとしては、「こいつに次のジョジョゲーを作らしてやりたいんですがかまいませんね!!」と叫びたいところッ!?
(AC)DRAGON BALL Z2 Super Battle
>「ナルティメットミッション」でも、「アスマ先生が奥義を発動するとき、攻撃中に「オラオラ!!」と叫んで、最後にはなんと「やれやれだぜ・・・」と言ってました!」
こういうことする人にキャラゲー作られるのやだなあ。ナルトファンはいい気持ちしなかったんじゃないだろうか。
ジョジョゲーを作ったとしても個人の趣味で変なネタ入れられそう。
そういうのは原作に対する侮辱だと思うんで。
販売:バンプレスト 開発:コブラチーム 1994年稼動 アーケード版、DBZ格闘ゲーム第2弾!
そのテーマは、題材にしているキャラをいかに本物のイメージ通りゲーム中で個性づけをするかということ。
アーケード ドラゴンボールZ 悟空 【AC ワンコインALL】
追記:Subeaki氏の情報提供によると、コブラチームは1994年1月にスクウェアに買収され、100%子会社となったことが判明した。その際にコブラチームは「ソリッド」に名称を変更している。ソースは。この資料によると、ソリッドは「ゲームソフト開発の外注管理」を担当している。確かにガンハザードのスタッフロールには中里氏の名前の後に「SOLID」と記載されており、その他外注を行っているブシドーブレードや双界儀、サイバーオーグのスタッフロールにソリッドの名前があるので、外注管理とはこうした仕事を指していると思われる。同社はエニックスとの合併の際に非連結子会社となり、2008年にスクウェア・エニックス・ホールディングスに移行する際に姿を消している。コブラチームはある時期から突然姿を消すが、実際はスクウェアに買収されていたのである。
1993年にバンプレストから発売。開発はコブラチーム。 目次. 1 概要. 1-1 アニメ『ドラゴンボールZ』.
>もしもジョジョのゲームにNARUTOのネタ
NARUTOのファンでもあるが、確かにあまりいい気はしないな…。
原作でもジョジョネタ(例えば太蔵w)やってたりしたら愛=理解だと思うが。
木曜イカレ格闘ゲーム大会「ドラゴンボールz2 super battle」
ゲームプロデューサーの橋本真司氏は、5月31日をもってスクウェア・エニックスを定年退職した。同氏が自身のTwitterアカウントにて報告したかたち。今後はいちゲームファンとして、スクウェア・エニックスのタイトルを応援していきたいと伝えている。
出来事/1994年/XX月/ドラゴンボールZ2 Super Battle、稼働開始。
コメント:実際のゲーム内容を考えると、まさか原作を再現するつもりがあったんだ・・・というところでびっくりするかもしれない。しかしよく考えてみれば、ここで話しているのはグラフィックについてであって、ストーリーのことはない。シネスコ画面というのはつまりドラクエのような見下ろし視点のRPGにしないということであり、この工夫は効果的に発揮され迫力のあるグラフィックとなっている。しかし、心理戦の多い原作を生かすためにバイオリズムを入れたというのはよくわからない。これは攻撃力などのパラメーターが変動するもので、アイテムで調整できたりトイレで上昇したりするが、戦闘中にどうこうできるものではない。むしろ心理戦という要素は戦闘中の「話す」「調べる」で表現されているように思えるが、システムとして生かされているとは言いがたいし、悪口を言って戦意喪失させるというのはちっとも原作通りではないだろう。
【AC】ドラゴンボールZ 2 スーパーバトル【エンディングまで】
今回の情報からわかるのは、コブラチームはバンダイのスタッフが独立してできた「小バンダイ」だったということである。そのメンバーには中里氏などゲーム制作を行える人物もいるが、どちらかと言うとパブリッシャーの役割を果たしていることが、各作品でさらに下請けに開発を頼んでいることからわかる。つまりバンダイがやっていたのと同様に、原作を選び著作権などの交渉を行い、ゲームデザインのアイデアを出して開発会社に指示するという活動を行っていたのがコブラチームなようだ。この点は、キャラゲー制作に長けたスタッフをそろえていたのでまさに強みだったといえる。
☆中古品☆ コブラチーム ゲームソフト SFC スーパーファミコンソフト バスタード ..
しかしその活動はわずか2年で中断し、多くのスタッフがスクウェアに移籍することになった。ドラゴンボールなどのキャラゲーの血が、そしてコブラジョジョの血が、なんとFFに流れていることがわかったのである。これはゲーム史上の奇妙な事実と言う他ない。このことを考えると、コブラジョジョを見る時もなんとも複雑な気持ちになってくるものである。
ドラゴンボールZ HYPER DIMENSION | 7位 BASTARD!
リアルタイム世代ですが
アックマンは当時プチ流行りましたよ
なんで流行ったのか覚えていませんが
とにかく自分の地域では根強い人気がありました
バスタードはたしか一人称視点の対戦型シューティングです
サイキックフォースをスーファミで作ってみた的なゲームですが
弾が当てづらく勝負がグダグダになりやすかったような
たしかフルボイスです
ドラゴンボールZ 超武闘伝2|Consumer|時の楽園 せりフリ.com
松山さんのNARUTOへの思いの込め方も相当かと。
ゲームでアニメの進行関係上、千鳥を入れるのは早かったがモーションを監査がうなるぐらい完璧に作って強引に通したと言う話があるぐらい。